楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#109 箱論
JUGEMテーマ:マーケティング
 


中身をどうしようと考えることではないのでは、と最近思ってます。

形容詞が不足した文で、いきなりでわかりにくいと思いますので説明しますね。

最近、ミツバチの話をしばしばしているので、それに関した喩えを使いますと、ミツバチにどういう巣を作成・運営させるかみたいなことを考えるのではなくて、ミツバチが巣をつくりたいと思えるような箱を作成して、うまく告知?できれば、それで重要な仕事は終わりではないかと。

そのまま放っておいてもいいんですが、しばらくたって箱を開けると、「おっと、こんな巣ができてる」と感心できれば、それで、さらに満足かなと。


マーケティングは集合体の展開を意図するものですが、方向性などを設定しても、神様でもない企画者の意図に沿って集合体が動くと考えるのは、冷静に考えて、ちょっと気が変です。

集合体がちょっと関わってみたいという箱を用意するのが精一杯というか、それさえできないことが実際には多いわけで、でも、できることもあるので、できないことを考えるよりは現実的だろうと思います。

まあ、中は空っぽよりもちょこっと何かあった方がいいようではあります。ミツバチの場合だと巣作りのきっかけになる巣枠とかがある方がうまい具合に巣作りの意欲が盛り上がったりするわけですが、ちょっとなにかその程度のガイドがあれば良いのだと思います。神経質な人は、自分で全部巣をつくってしまったりするのでしょうが、まあ、そういう面白くない工業化の先には何も無いことは、教育の現場でも明らかになっていることだと思います(すいません。話飛ばしました)。


ミツバチから離れますと、例えばこのような「ブログという箱」。箱としてすばらしいですよね。最近だと「twitterという箱」ですか(私は、以前にやってすぐ飽きてしまいましたけど、今、やったら面白いのかな)。

例をあげるとキリがないですが「小説という箱」とか「PCという箱」とか「人生相談という箱」とか「数学という箱」とか「本という箱」とか「インターネットという箱」とか「音楽という箱」とか「ロックという箱」とか・・・。入れ子になっている箱もたくさんありますが・・・。あ、「グリーン・ニューディールという箱」もありますね。「金も箱」という気がしないでもありません。

盛り上がる箱には、固定のコンセプトがあるわけではなく、必ず自由な展開の余地が残されています。

盛り上がる箱の中身は必ずいろんなもので満たされるわけですが、善し悪しなどの議論まで含めて中身ですね。ある流派を流行らせようとする勢力争いとかそこに関わるマーケティングみたいなのも中身ですね。中身についてはどうこうしようと考えるより、楽しんでいれば良いのではないかと思うんです。


で何をするかですが、考えるとしたら、新しい箱について考えてみると、一番面白いのではないかと。でもまあ、これは、小さな箱でも一生アイディアが浮かばない可能性もあるかと思います。

では、こっちはどうでしょう。意識しなくても「家族と箱」とか「○○学校という箱」など無数の箱と、関わっていたりしますので、自分が関わっているような感じがするいろんな「箱」について考えるというのも、良い暇つぶしだとは思います。「箱」と意識すれば、中身をどうこうしようとムキにならなくてすみますので、思考が自由にフラフラできますから、ある程度楽しいのではないでしょうか。また、それぞれの箱は、一生かかっても結論など出ないくらいに十分に不思議で奇妙ですし、未来の予測も立ちませんし・・・。「自分という箱」も含めて。



http://blog.livedoor.jp/bananahiroshi/archives/51800386.html


以下引用

・ツイッターがどれほどもてはやされているか知らないが、その裏では余計なことを書いて対人関係でトラブルを起こしている人は相当な数にのぼるはず。

・というか、迷惑をかけていることさえ気づいてない人が相当な数にのぼるはず。

・ツイッターは私のみたところ、つぶやくというよりは貧乏性の垂れ流しというものだ。つぶやくというのは人目を閉ざした行為、内面に向かっていく行為を指す日本語のはずなのだが、俺の、あたしの、つぶやいているのを見て!という、いままでにないねじれた日本語になってしまっていることをどれだけの人がわかっているのか。

・人を減らしての機械化、機械化による合理化、といえば耳になじむ言葉だが、人員削減、コンピューター増量によって、そのしわよせが社内の一定の社員に無理に押し寄せてくることはだれもいわない。企業で鬱病が増えているというが、増えてあたりまえの経営方針だから増えているというだけのこととだれもいわない。合理化とはえてして一定の能力のある人間に余計な負担をかけてよしとしているにすぎない。

・社内にはタバコを吸いたいときに吸いたいのに、そのたびにブースに無理に押し込められタバコを吸うたびにストレスを思う社員も相当いる。社会は「鬱病をなくすために」といいながらその社会が人を追いつめる決まりごとを頼みしないのにつくりだし、鬱病をますます増加させているとはだれもいわない。
She's Beyond Good And Evil | 2010/04/29 01:44
twitterでは、それが、まだあまり盛り上がっていない頃に、日英2か国語俳句をやってみたんですね。

で、だいたい1〜2日に1句が精一杯で、他の人と全然ペースが違うというか、twitterの意図とおそらく違うというか、自分だけが(少しは仲間がいましたけど・・・)、その短い言葉に気合を入れていたというような状態に、疲れたのでやめました。

もう1回やろうかな?というのは、時々思います。同じスタイルで。
山崎 | 2010/04/29 01:59
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