楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#28 地方が死ぬ理由はない
JUGEMテーマ:マーケティング

先日、昨年発足したばかりの広島ADC(アートディレクターズクラブ)の会員の人から、 最初の年鑑をもらいました。その会員の人がGOZENSHU9のサイトの制作中心人物のひとりで、年鑑にサイトを出品しているからですが、年鑑の中にはポスターやパッケージなど気になる作品がたくさんありました。

そのクオリティーは、果たして首都圏とどの程度違うでしょうか。地方と東京(あるいは首都圏)との関係が、私にはずっと気になっています。

首都圏と地方(近畿圏も含む)とでは、同じような仕事で比較すると受注額にかなり違いがあります。この差を説明する理由のひとつが、首都圏と地方との賃料や生活費の差ですが、まあ、とにかく発注すると地方の方が安いわけです。

しかし、私が広島在住のクリエイターに発注するのは、彼とは東京に居るときから、一緒によく仕事をしており、その仕事のクオリティーと人柄を知っているからです。安いから発注しているわけではありません。

が、低料金・低コストがビジネスにおいて重要なことのひとつであることは間違いないですし、広島在住のクリエイター経由で広島の会社にシステムの発注を行う判断には、コストのことも影響しています。

こういうことから考えると、コスト優位性のある地方へもっと仕事が流れていってもいいはず。という気がします。



ほとんどの仕事は実際は、知人のつながりで発生することを考えると、首都圏と地方との間でそういうつながりが少ないのでしょうか?

先入観ゆえ、地方の会社やクリエイターが首都圏への営業活動を本気で行うことは少なかったのではないでしょうか。地元の仕事で十分で、特に営業を行う必要もなかったのかも知れませんが・・・。


というようなことを書いていて、ふと気づいたのですが、GOZENSHU9は岡山の辻本店の酒ですし、最近関わっている仕事の多くが、様々な地方のクライアントだったりします。

そういうクライアントとのコミュニケーションにも特に不都合を感じないのは、おそらく通信の発達のおかげですが(もしかしたら、私はNYに居たときにも日本との仕事をしていたので、遠距離仕事に慣れてしまっているのかも知れません)、この辺のことをちゃんと考えると、もっともっと、面白いところに行き着けそうな感じがしないでもありません。



ところで、これは、コペンハーゲンのバンドです(話とは関係ないですが)。

Slaraffenland



とすると、東京の制作会社やクリエイターは、地方では
出来ないような規模や品質や技術の仕事に絞って地方と
の価格競争に巻き込まれないようにしなければならない
ということですね。
でも、私はそれどころじゃ、、、。

 

 
ローカリズム | 2009/10/07 13:55
ローカリズムさん、コメントどうもありがとうございます。

価格のこと、きちんと考えようとすると、わからないことだらけですね。

ずっと仕事を組んでいる発注先へは、バランス悪いと思ったら単価を上げることを提案する場合もありますし、価格の重要性の度合は、いろんな場面で違いますし、会社で仕事を受注するというより、ネットワークで受注している場合は、さらに多くの要素が価格に影響していそうですし・・・。

価格あるいは価値の問題、ちょっと考えてみます。

山崎 | 2009/10/07 17:13
早く「活性化」する条件があるんだけど、「政治」に制限されてしまうのでは、と危惧しています。

http://maintenance.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/just.html

「検索エンジン」に「更新通知」を出さず、ひっそりと。
むしろ(まわりに)「ナイショ」でまた始めていました。

これからもよろしくお願いします。
たばこ大好き | 2009/10/08 01:16
待ってましたよ、再開。
山崎 | 2009/10/08 01:35
親御さんも、「親としての保育をされている?」
親子関係というもの全てをフォローしている、あるいは「オトナもコドモも」関係ナシ、というような。

取材者も「一緒に遊ばないと」大外れになりますよねえ。
She's Beyond Good And Evil | 2011/01/08 06:57
大量の自由と大量のストレスを浴びる実験というか・・・。

嵐の中、子どもたちは平気な顔して山歩いていたりするんですよね(レインスーツは着てますけど)。それが普通だと思ってるから。

ですから、小学校に入ったときには、ちょっとショックがあるみたいです。「なんで毎週、海や山に行かないんだろう?」みたいな疑問から始まって・・・。

outsidervoice | 2011/01/08 14:55
すごいね・・・。
kaffa | 2011/01/09 10:56
妻の実家の田舎の秋祭りで左官のお父さんみたいな方が息子に「お父さんと一緒に遊んでもらってないな!」と発言したことを想い出しました。記憶は子供にとって大人になってからも七変化して救いになったり苦しみのもとになったりしますが、それ以前に子供にとって父子の記憶を共有する機会さえ危ぶまれている現代、とてもユニークな保育園の想い出共有発生装置が必要となる時代なのだなぁと改めて思いました。
erf | 2011/01/10 09:32
自分としては父子の共有している記憶が多いと思いたいところですが、でも、たぶん、園児たちにとって、父子が共有している記憶は、記憶の中のごくごく一部だと思います。お母さんたちの関わりの方がはるかに大きいですし、園児仲間との記憶がさらに大きいですし。その他諸々のことの記憶がさらに大きいと思います。単純に触感とか見たこととかどうでも良さそうなこととか。
outsidervoice | 2011/01/10 10:12
前の前の自分のコメントで、「嵐の中」と書きましたが、「嵐の中」は危なくて行きませんよね。「大雨の中」くらいですね。すみません。
outsidervoice | 2011/01/12 10:32
前の前の自分のコメントで、「嵐の中」と書きましたが、「嵐の中」は危なくて行きませんよね。「大雨の中」くらいですね。すみません。
outsidervoice | 2011/01/12 11:01
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