楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#205 なりたい職業「自営業」。という小学時代の将来の夢は叶えてしばらく経ったものの・・・
JUGEMテーマ:人生論



たぶん、ギャンブル中毒に近いのではないかと思うのですが、ほどほど大きなリスクを抱えていないと、気分が萎えてくるんですね。

かといって、どうしようもないリスクを迎えにいってもしょうがないというか、そんなことで気分が高まるわけでもないので、リスクの種類を選ばないといけないわけですが、さて。

自営業とかフリーランスの一般的理想形は、「好きなことを仕事にしよう」みたいなこととセットになっていて、これはもっとわかりやすく書くと「好きなことやってなんとか生活しよう」という意味ですが、どうも「好きなことで食わなくてはいけない」と考え始めると、どんどんつまらない感じがしてきます。食えるというのは大抵の場合、「受注できる」ということで、実質はあまりフリーでも自営でもないような。

それが今なのかな?と思うわけですが、この(かろうじて)「受注できる」状態が、自分の場合、長く続くとも思えないんですね。仕事するエネルギーはあっても、競合企業と営業的な戦いをする資源や気力はあまりないし。


受注でないものを継続的に何かをつくって売る立場になるという方向に行けば?みたいなことを思われるかも知れませんが、それで「生活できる」ことは、ほとんどありません。そんなことができればいいなという希望はありますが、今時点で全力投球してみる価値が認められるほどの可能性はありませんよね。


こうやって考えていると、「アーリー・リタイアメント」という言葉が浮びます。放っておいても、なんとなくの収入が入る状態。収入獲得のための作業から解放されて、もっと信条とか心情に沿った自主的な活動ができる状態。

こっちの方が現実的だという根拠があるのか、というのと、あと、フリーランスでアーリー・リタイアメント狙いって、なんか変な感じもしますが、惹かれる感じがないでもありません。

もう少し、ちゃんと考えたいと思いますが、これ、前のブログの話からの流れです。どうしても、「価値」と「価格(金額)」は結びついていないと考える方が、自然に思えるんですね。

「金」の話は「金」の話だけの、簡単な算数の問題だろうという・・・。


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