楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#193 「無償労働価値説」、そして「無償労働集約型産業社会」。つまり資本主義社会以前という現実。
JUGEMテーマ:人生論
 

以前に『フリー』の勘違いなどについて書いたりしましたが、その辺の延長として、資本主義以前にあるこの社会の富の分配が何によって行われているかについて、タイトルの言葉が浮びました。


無償労働が価値を生み、無償労働を集約するしくみを持ったものが、巨大な資本を蓄える社会。

無償労働の形態としては、電子的あるいは物理的な企業所有物の構築だったり、媒体作りも含む広告宣伝活動だったりします。

たとえば、このブログを書いている行為も、上記の無償労働に完全に含まれます。

Amazonで書評を書くのも、アフィリエイトバナーを貼り込むのも、まさしくそうです。

Apple信奉者も、Windowsを使いこなしている人間も、この無償労働者です。

多くの場合、無償労働提供者は重要な顧客でもあります。

基本的には「胴元経済」(これも造語ですかね)が更に退化したかたちと言えるのではないでしょうか。

簡単に言えば、労働対価を払わない事業が中心となっている社会ということです。

それに喜んで加わっていれば、必然的に労働価値はどんどん下がってきます。


多数が貧乏になっていく仕組みも、この仕組みから簡単に説明できるような気がします。


大勢の方の労働価値を上げる戦略?を、そろそろ考えると、少しマシな可能性が見えてくるのではないでしょうか。



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