楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#169 ある組織や人について、「創造力」という検証不可能なことの不足を嘆く人間は、その組織や人の自信を打ち消しておきたい欲求に突き動かされている
 


ひとつひっかかっていたことを書いてませんでした。

アルゼンチン戦の前に、ザッケローニ監督と中田英寿の対談が放送されていました。編集でそう見えるだけの可能性もありますが、また例によって中田氏は、日本選手の創造力(とか自分で考える力)の不足を指摘していました。

これは、割と広く日本の社会通念として受け入れられていることですが、「創造力」(とか自分で考える力)の細かい内容、「創造力」の有り無しの検証の仕方、検証結果に沿って語っているかを問われると、ちゃんと答えられる人間は居ないはずです。

つまり、社会通念にそのまま乗っかった批判を何も考えず語っているに過ぎません。ということは、「創造力」(とか自分で考える力)の不足を何の疑問もなく嘆く人間が、最も「創造力?」(とか自分で考える力)から遠い種類の人間であるような気がします。

そして、深く考えてもいない根拠も不明なことで他人を批判する動機は主に、他人の自信を打ち消して自分が優位に立っておきたいという欲求です。「日本人は創造力がない」と日本人である自分が言っているという、自分の安易な特別視の矛盾に気づかないところにも、その欲求の強さがあらわれています。


このような思考・行動はもちろん、その思考の発信者が力を持っていれば、組織全体のチームワークも個人の能力も崩す方向に働きます(この思考は中田氏だけのものでなく、かなり蔓延している典型的なものですから、ここで非難しているのは、彼だけではありません)。


スポーツで最も重要な要素のひとつである「自信」に対し、常に内部から打ち消す力が働き続けたチームがサッカー日本代表です。メキシコオリンピック銅メダルの威光で生きてきた一部の人たちの発言にもそれは非常に感じられてきました。


「自信」が打ち消されると、人は無意識に「失敗」の確率を低くしようとして、必要以上に行動のバリエーションを小さくしますが、そうした「自信」の無さは動きを萎縮させ、バリエーションを小さくして限定した行動についても「失敗」の確率を高めます。

この状態がまた「創造力がない」という批判に力を与えます。しかし、これは「創造力がない」ということではありません。「創造力(のようなもの)が発揮できていない」だけです。「創造力がない」と無能を刻印しようとする力によって(・・・最初の方に書いたように「創造力」の内容さえ謎ですが)。

でも、それらをかいくぐって、ここまできているわけです。


ザッケローニは、日本代表チームの歴史的な最大の弱点を既に的確に把握していることが、アルゼンチン戦後の発言でわかります。

「選手のクオリティは本当に高い。自分で気づいていないだけだ」。


ネガティブな力の破壊を明確に狙う監督に、このタイミングでめぐり合ったことは、非常に幸運ではないでしょうか。

「失敗してもいいから、思い切ってやること」。小学生へのアドバイスのようなこのマインドセットが最も求められるのがストライカーですが、優秀な日本人ストライカーもこれからたくさん出てくるのではないでしょうか。


また、一部の人間の地位の保全のために、その他大勢を萎縮させておこうとする欲求に抵抗するための戦略が、広く日本の社会に蔓延することを願っています。経済政策としても。



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