楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#152 きちんと事業を始めます(その2)人の余剰について
JUGEMテーマ:人生論
 

#151から、事業計画を考え始めているのですが、今の経済(だけではないですけど)の流れの悪さがヒシヒシと伝わってくる日々を過ごしていると、ちょっと焦ります。

クラウド?・・・便利なことも多いけれど、大抵の人の懐に金は入ってきません。ツイッター?・・・やれば無駄に忙しくなるだけです。新しい技術のほとんどは、基本的に多くの人にとっては貧乏の種です。そういう計算が成り立つものしか、この世界のシステムの流れには乗れないと思います。


「強欲な資本主義が間違った」みたいなことを経済学者たちが言っていますが、基本的には産業革命から始まったものが、情報(工業)化社会という仕上げに向かって、ますます人間の経済的価値が低くなってきたという話ではないでしょうか。欲深いとか、資本主義か社会主義かとかいう小さい話ではなく、生産効率、特に最近はオフィス内作業の効率が上がって、ホワイトカラー(の労働力)もどんどん余っているというシンプルかつ別の選択があるとは思えないような話だと思います。

たとえば、自分の生産力で考えた場合、私は、ちょうどIT化の始まりの頃仕事を始めましたが、その頃、2週間かかっていた仕事が今は、1日で終わったりします。で、1日分の仕事として請求。で、60歳くらいの同業者は、急いで1週間で仕上げようとして、明らかに却下されるだろう見映えの悪いものになったり・・・。情報を切ったり貼ったりする仕事の効率に関して、ちょっとした生まれるタイミングの差が非常に大きな差を生むような滅茶苦茶な変化が起こったわけです。内容的にはくだらない変化なのですが。


政府は無策です(明らかに難題ですし)。誰かが策を持っているわけでもありません。そして、何よりもまずいのは、流れに逆らってあがくための余力(人と金)が、世間にあまり残ってなさそうなことです。全く余裕のない世帯と、少しの余裕を汲々と守っている世帯だけになってきてしまいました。

日本の家計の収支平均が赤字続きであったことがずっと無視されてきましたが、人が余剰になってきて、労働の価値がどんどん下がり続けたら、必然的に、どんどん多くの人が貧乏になっていきます。よく水がだんだん熱湯になることに気づかず逃げ遅れるカエルの話が、最近、いろんなたとえに使われますが、家計のたとえとして一番適切ではないでしょうか。


ほとんど予算ゼロの施策から劇的な結果が生まれるみたいな大化けに期待するしか、起死回生は難しいのではないでしょうか。でもまあ、それは、自分が何かやる場合の条件と同じなので、自分が悲観的になる理由ではありませんけど。


しかし、人間の余剰がどんどん大きくなる状況を、まだ変えるチャンスがあるんでしょうか。


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