楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
#199 ポジショニングについて
JUGEMテーマ:マーケティング



日本代表サッカーを見ている時期になると、最近はだいたい「ポジショニング」について考えてしまうのですが、マーケティングでいうポジショニングは、すごくいろんなことを見逃しているんです。サッカーに比べて(以前にも少し書きましたけど)。

マーケティングの方のは、時間の流れというか、展開を意識できていません。物事は移り変わるのが現実なわけで、机上で理想を語るのではなく実際の行動をする場合、移り変わりを感じながら力の入れ具合も入れ方も変化させないと、ポジションでさえないわけです。相手や環境があってこそのポジションですから。

「相手や環境があってこそ」と言っても、なすがままということではありません。そのポジションは相手に影響を与えるために取るわけです。で相手は相手で自分の心地よいポジションを取ろうとするわけです。マーケティングの場合、相手の心地よいポジションとは多くの場合、同じ事の繰り返しで事が済むというポジションです。この前と同じこと、そしてさっきと同じこと。考えなくてよくて、まあ失敗もしないこと。

で、だいたいは、まあ、こちらもあまり代わり映えのしないポジションにおさまっていたりするわけです。あんなに企画書書いたのに・・・。習慣は環境として、強固ですから。


相手とこちらが希望する関係を築きたい場合、サッカーなら、ゲーム開始直後のポジションに相当頭を使いますよね。主導権っていうんですか・・・・。

マーケティングの場合も、ゲーム開始のポイントというのが一番重要なはずですが、そんなことを意識的に考えている人は、あまりいません。私もよく忘れてます。




#187 まだ言葉になっていない社会システム観を感じる場としての日本代表サッカー、あるいは言葉になんかならない?
JUGEMテーマ:日本代表
 

わけのわからないタイトルですみません。

おそらく私の世代の元サッカー少年達は、アジア大会の決勝を観ていてこんな感想を持ったのではないでしょうか。

「別次元の早さと正確さだよな。プレーのつながり方が・・・」

感慨深いですね。人間は変化するもんですね。近所の公園で遊んでいる子どもにもすごいのが結構いますしね。

私たちが少年の頃のサッカーは、おそらく、将棋的な感じでサッカーを捉えているところがあったのに対し、今のは、積み上げていくロジックとか時系列の判断というのとは全く違いますよね。

今のサッカーに、チームワークとポジショニングが最優先である理由は、Googleなんかの並列処理システムのアナロジーで考えるとわかりやすいでしょうか。完全に、連動性能の競争ですよね。


調子が良いときには実は何も考えていなかったというような発見から生まれる「通常の『考える』という作業とは質が全く違うよな、プレー中の動きを司るものは」という漠然とした感想で捉えられていたものが、やがて「ゾーン」と呼ばれたりして、だんだん明確になってきたわけですが、これをうまく説明する言葉は、まだ、ないですよね。あるのかな?

実際は、コンピュータの並列処理システムとも、かなり違いますよね。

サッカーの方の情報処理は、階層化を非常にうまく使っていますよね。ルーティーンの動きを「無意識」に押しやっていないと、あんなに早い判断はできないです。

「集団全体が体で覚えている」みたいなことだと思うのですが、その「集団全体の体」の記憶機能、判断機能、運動機能の量と質をうまく活用できる選手がプロとか代表選手になっているんだと思います。



まあ、観衆として勝手なサッカー観を書いているわけですが、「(自)意識」過剰(過信)の社会システム観への代替案がサッカーで示されているような気がしてなりません。


ここで、(自)意識過剰(過信)を笑えるようになる設問をひとつ紹介します。

「自分の生命を成り立たせている体全体のシステムの動きについて、どの程度意識できているか?」

自分の体のことであっても、まあ当然ほとんど意識なんかできないわけです。ましてや社会全体のことなど、さらに。そこを現実の出発点として、世界と向き合うということをしてみようかな、とアジア大会の決勝を観ながら思ったのでした。

もしかしたら、「考える」というより「考えない」方法の話なんでしょうか。


これは、読んだほうがいいと教えてもらった本(『わからないという方法』)とも関係があるのかな、ないのかな?




#186 TAKE ACTION FOUNDATIONに関する余談、あるいは、一部と全部との違いがない世界について。それから、ザル法について。さらに、チャリティの信頼性向上のために。
JUGEMテーマ:ビジネス


飛び石連休中に、突如#105へのアクセスがべらぼうに増えていて驚いたのですが、中田ビジネスに疑問を感じている人がtwitterで紹介してくれたのが理由のようでした。

twitterは、そんなに盛り上がっていないときに、2ヶ国語俳句を発信して遊んでいましたが、今は私はやっていません。

中田ビジネスの話に戻りますけど、宮崎でチャリティーイベントを行うことがちょうど発表になったんですよね。そのタイミングも関係あるのかな?

発表記事を見ていたら、宮崎県の発表(ここのwordファイル)と、TAKE ACTION FOUNDATONの発表(その時のページキャッシュはこちら)に食い違いがあるのに気づき、この件に関する宮崎県の問合せ窓口「みやざきアピール課」に質問メールを送りました。

内容は、

------------------------------------
ご担当者様

「TAKE ACTION in 宮崎」の発表内容に食い違いがあります。
気になりましたので、正しいほうをお教えいただければと思います。

宮崎県の発表は、
「なお、チャリティーイベントであり、イベントの収益は、口蹄疫復興のための寄付及び地元サッカー少年団へのサッカーボール配布・購入事業に充てる予定です。」

Take Action Foundationの発表は、
「なお、チャリティーイベントであり、イベントの収益の一部は、口蹄疫復興及び地元サッカー少年団へのサッカーボール配布・購入のための寄付といたします。」

よろしくお願いいたします。
----------------------------------

宮崎県から返事はいただいていないのですが、TAKE ACTION FOUNDATIONの発表(こっちは現状)から、いつの間にか「一部」が削除されました。訂正告知などはありません。この件の発表時に、いくつかの報道機関が「一部」として報道していたりもするのですが・・・・。


わざわざメールで質問をしておいて何なんですが、収益の「全部」と収益の「一部」は、違いがなかったりもするんですね。このビジネスの場合。つまりこの訂正には実質的な意味は無かったりするわけです。「一部」か「全部」か以前に、そっちの問題があります。

ここでの「収益」とは、収益=イベント収入−イベント費用 という式での収益のことだと思うのですが、TAKE ACTION FOUNDATIONというビジネスの場合、イベント費用は自由に決められるんですね。いつも大雑把な費用項目しか公開しませんし・・・。

まあ、寄付に持って行かれる額が多くて嫌だなと思えば、イベント費用(=多くはTAKE ACTION FOUNDATIONの収入)を増やせばいいわけです。


Googleで「チャリティー 収支報告」で検索すると、小さな団体のチャリティー収支がいろいろ出てきますが、小額でも細かく計算しているわけですよ。インク代いくらとか、ジュースがいくらとか。それで、これだけの金額が収益だったので、このうちいくら寄付しますと・・・。保育園のバザーとかでも細かく出しますよね。

「収益の一部」から「収益」への修正がお詫びも告知も無しで行えるような姿勢のチャリティーイベントって・・・。まあ、ホワイトバンドから何も変わってないということですか・・・。


もし、自分の子がサッカーチームにいたとして、そんなイベントからボールもらったら、どうします? 

 

【追記】

同じ事をやっても、もう少し丁寧にビジネスするだけで、全く印象が変わるはずなんですが、どうして、そこに気をつけないんだろうと思います。PR会社であれば特に、一般の人たちが受ける印象について、もっと敏感でないと、いけないんではないでしょうか。

まあ、丁寧さや敏感さがあれば、全く違うかたちのビジネスにしていたという気もしますが・・・。

たとえば、「チャリティー」という文字を削除したら、どうですか? それで、収益の「一部」を寄付したらいいんじゃないですか? 自分が中田のPR担当だったら、そうしますね。

「こんなもんはチャリティーではない」と主張しながら、できるだけのチャリティーを行う。不自然なくらいの情報公開も行いつつ。

こういう場面で、格好良さを追求できないPR会社って、ダメなんじゃないですか?


【追記2】

TAKE ACTION FOUNDATIONのような一般財団法人でも非営利型と認められれば、設立するのが困難だといわれている公益財団法人と同様に税制の優遇措置を受けることができるらしい。財務省の表

そして、監督官庁も無いらしい。一般財団法人設立をサポートしてくれる会社のホームページでの説明

それから一般財団法人には、NPO法人に必要とされている収支に関する報告義務も無いらしい。もちろんNPO法人の情報のように公開もされていません(参考:NPOの情報公開に関する東京都の説明)。また、こちらはNPO設立支援をしている会社のホームページでの、NPOと一般財団法人との比較

またNPOでは、特定の個人や団体へ偏った発注などはできまないようです。


一般財団法人として公益事業を行う狙いは?

それから、このザル法をつくった狙いは?


【追記3】

チャリティの信頼性向上のための施策を考えるときに参考になりそうな論文。
イギリス「二〇〇六年チャリティ法」にみる非営利組織の新展開



#171 長谷部が高速ドリブルを積極的にし始めた記念すべき試合。あるいは、個性は発揮する意味(属している組織にどう役立つか)が見えてこそ、より発揮されるということ。・・・だって大人だし。
JUGEMテーマ:日本代表
 

きょうは、U-17の女子サッカーで世界一を韓国と日本が争ったように、ワールドカップでこの2国が頂上を狙うといようなことも夢ではないのではと感じた試合でした。

ほとんどマネジメント力の無い岡田監督でありながらも、ベスト16まで行ってしまった選手の能力の高さが、あらためて証明されたのではないでしょうか。

モチベーションにとってロジックは非常に重要です。筋の通らないロジックは、その筋の通らなさを理解できていなくても、実践の流れをどこかで阻害します。単純な話、遅かれ早かれそれに沿って進みようがなくなるわけです。また、冗長なロジックは、瞬間的な判断が求められる試合では使えません。

岡田ジャパンでは、ワールドカップ直前にかなりの程度、筋違い、あるいは意味のないロジックの整理が行われた形跡があることを以前に指摘しましたが、チーム攻撃を支えるロジックまでは選手に提供することができませんでした。

それが今は、ポジショニングを中心に置くことで、チーム守備とチーム攻撃に関し、刻々と変化する試合の中で使えるコンパクトかつ総合的なロジックを選手が持つことができたのではないかと思います。

守備の安定とポジショニングの関係はわかりやすいと思いますが、攻撃において意味のある(見ていても楽しい)動きを連続してできるようになったのも、相手のポジショニングを崩す、あるいはポジショニングの不具合を突くという意図が明確であるため、動きがチームとして連動しているだけでなく、また、個々人が動くことに疲労感を感じにくくなっているのではないでしょうか。

そして、それに役立つ個性を、選手達が積極的に提供するようになってきました。そのひとつとして、長谷部の高速ドリブルがあります。このブログで、南アフリカワールドカップでの、攻撃の秘密兵器と期待していたものです(賛同者はいなかったかも知れませんが)。私には、彼のドリブルは誰よりもスピードがあるように見えます。

楽しい日本代表サッカーをコンスタントに見ることができる時代になりましたね。


それは、近所の小さな公園でも、驚くほど技術のある小学生(それも複数)のプレーが見れるようなベースをつくってきた無名の優秀なコーチたちの頂点にあるべき代表監督のチームとして、とても相応しいものだと思います。


#169 ある組織や人について、「創造力」という検証不可能なことの不足を嘆く人間は、その組織や人の自信を打ち消しておきたい欲求に突き動かされている
 


ひとつひっかかっていたことを書いてませんでした。

アルゼンチン戦の前に、ザッケローニ監督と中田英寿の対談が放送されていました。編集でそう見えるだけの可能性もありますが、また例によって中田氏は、日本選手の創造力(とか自分で考える力)の不足を指摘していました。

これは、割と広く日本の社会通念として受け入れられていることですが、「創造力」(とか自分で考える力)の細かい内容、「創造力」の有り無しの検証の仕方、検証結果に沿って語っているかを問われると、ちゃんと答えられる人間は居ないはずです。

つまり、社会通念にそのまま乗っかった批判を何も考えず語っているに過ぎません。ということは、「創造力」(とか自分で考える力)の不足を何の疑問もなく嘆く人間が、最も「創造力?」(とか自分で考える力)から遠い種類の人間であるような気がします。

そして、深く考えてもいない根拠も不明なことで他人を批判する動機は主に、他人の自信を打ち消して自分が優位に立っておきたいという欲求です。「日本人は創造力がない」と日本人である自分が言っているという、自分の安易な特別視の矛盾に気づかないところにも、その欲求の強さがあらわれています。


このような思考・行動はもちろん、その思考の発信者が力を持っていれば、組織全体のチームワークも個人の能力も崩す方向に働きます(この思考は中田氏だけのものでなく、かなり蔓延している典型的なものですから、ここで非難しているのは、彼だけではありません)。


スポーツで最も重要な要素のひとつである「自信」に対し、常に内部から打ち消す力が働き続けたチームがサッカー日本代表です。メキシコオリンピック銅メダルの威光で生きてきた一部の人たちの発言にもそれは非常に感じられてきました。


「自信」が打ち消されると、人は無意識に「失敗」の確率を低くしようとして、必要以上に行動のバリエーションを小さくしますが、そうした「自信」の無さは動きを萎縮させ、バリエーションを小さくして限定した行動についても「失敗」の確率を高めます。

この状態がまた「創造力がない」という批判に力を与えます。しかし、これは「創造力がない」ということではありません。「創造力(のようなもの)が発揮できていない」だけです。「創造力がない」と無能を刻印しようとする力によって(・・・最初の方に書いたように「創造力」の内容さえ謎ですが)。

でも、それらをかいくぐって、ここまできているわけです。


ザッケローニは、日本代表チームの歴史的な最大の弱点を既に的確に把握していることが、アルゼンチン戦後の発言でわかります。

「選手のクオリティは本当に高い。自分で気づいていないだけだ」。


ネガティブな力の破壊を明確に狙う監督に、このタイミングでめぐり合ったことは、非常に幸運ではないでしょうか。

「失敗してもいいから、思い切ってやること」。小学生へのアドバイスのようなこのマインドセットが最も求められるのがストライカーですが、優秀な日本人ストライカーもこれからたくさん出てくるのではないでしょうか。


また、一部の人間の地位の保全のために、その他大勢を萎縮させておこうとする欲求に抵抗するための戦略が、広く日本の社会に蔓延することを願っています。経済政策としても。



#168 サッカーの「ポジショニング」の考え方で、マーケティングの「ポジショニング」の考え方の不具合を大幅に改善する
JUGEMテーマ:マーケティング
JUGEMテーマ:日本代表


アルゼンチン戦では、正しいポジショニングと体の向きの徹底によって、非常に効率的な守備と、攻撃への切り替えが行われていたわけですが、「ポジショニング」と言えばマーケティングの一番の基本でもあります。

マーケティングで「ポジショニング」とは、あるカテゴリーについて人の意識の中の一番上のポジションをどうやって取るかということです。たとえば大雑把に「サッカーリーグ」というカテゴリーであれば「リーガ・エスパニョーラ」のポジションです。で、そういうことで、世界から高い放映権が取れるわけです。

では、そこで「Jリーグ」ならどうするか。ポジショニングではとにかく一番を狙うわけですが、その一番を取るために、自分が一番になれるカテゴリーを用意して、それを宣伝するわけです。もう少し細かいカテゴリーにして、「○○なサッカーリーグ」といえば「Jリーグ」ということの認知を広げるわけですが、当然「○○なサッカー」というところが、世界の人の興味をかきたてなければいけないわけです。この答えがわかれば、「Jリーグ」は世界の注目を集めるようになります。

というところまでで納得された方も多いかも知れませんが、このマーケティングでの「ポジショニング」の問題はですね、あるカテゴリーで5番くらいにあるものが、4→3→2とじわじわ上がっていくにはどうしたらいいかというところは、ほったらかしなんですね。

どうしても大カテゴリーでふんばって一番を目指したい場合もあるわけです。一番になれる小カテゴリーではあまりにマーケットが小さすぎることなど往々にしてありますよね。


そこに、サッカーの「ポジショニング」の考え方が役に立ちます。守備の場合、相手のボールの流れに対し、必要以上動かずに効率的にぶち当たるための「ポジショニング」なわけですが、相手のボールの流れを、マーケティング・ターゲットの認知や行動や思考の経路に置き換えるわけです。

たとえば「Jリーグ」のサッカー界での世界的な地位を高めたい場合のひとつのターゲットは、影響力のあるサッカー評論家だとします。で、彼(彼女)が見るもの、聞くもの、思うことの流れの中で、なぜだかしばしば「Jリーグ」に突き当たってしまう状態に、なるべく労力をかけずにするにはどうしたらいいか。

基本的には、メディアプランニングとは、こういうことです。サッカー好きがターゲットだとして、彼らがどんなテレビを見たり、どんな検索行動をしたり、どこの駅を通るか、みたいなことで、メッセージの置き場所を考えるわけです。

で、今度は攻撃の方の「ポジショニング」の意味合いですが、突き当たらせた後、サッカーではどれだけ効率的に得点に結びつけるかですが、マーケティングではどれだけ効率的に購入に結びつけるかです。

すばやさと確実さのバランスがゴール(購買)の確率に影響します。

サッカーでの最初のパスの方向や強さは、マーケティングではターゲットが最初に出会う広告などのメッセージです。

そして、パスを受けた選手が次にどうするかは、マーケティングではメッセージで促した行動の行き先で今度は何を伝えるか。

当然、全部が成功する(得点あるいは購入に結びつく)わけではありません。確率を上げるために適切な「ポジショニング」を考え続け、修正し続けるわけです。だいたいは地道な作業です。

以上、整理してみれば、当たり前のことですが、サッカーから考えることで、不自然に静的に考えられていた「マーケティングにおけるポジショニング」を流動性の中で考えるフレームができました。まだ穴だらけですが、より現実に近い(つまり、より成功の確率の高い)フレームです。


ここでひとつ注意点ですが、マーケティングでは、フィールド上にはたいていたくさんのチームがいますので、他のチームが運んできたボールをゴール直前でいただいて、あまり働かず得点だけいただくということも可能な場合が多々あります。たとえば、ある会社のつくったすごく面白い広告によって、そのカテゴリーへの関心が高まり、店の棚の陳列を充実させていた競合他社のものが売れた、みたいなことです。こればかり狙っている人もいます。たぶん、確実に儲かるのはこのやり方だと思います。でも、面白い仕事とは思いません。

「得失点差効率」だけがサッカーではないように、「販売効率」だけがマーケティングではありません。

 

さて一方の「体の向き」の方ですが、サッカーでなるべくゴールに向いておくことが攻撃への切り替えのスピードを格段にアップするように、マーケティングでは常に「販売」「購買」に向いておくことで、不要な施策を省くことができます。


以上、今考えたことなので、自分も今まで意識的に実践したことはありません。



#143 W杯で盛り上がったあと、Jリーグを地上波で見れない件
JUGEMテーマ:日本代表
 

タイトルの通りですが、根本的にやり方を間違えているんではないでしょうか。

関係者の方々、今がどういうチャンスなのか、もう少し考えてもらえないでしょうか。


#133 「Jリーグ特命PR部」入部(私を知っている人は笑うかも知れませんけど)
JUGEMテーマ:Jリーグ



せっかくなので、周りの様子を見ながら、和を乱さないながらも、周りとはちょっと違う部員になってみたいと思っています。

今後タイトルに【J特】とあるものは、この部活動の一環です(あ、#132にも付けときますね)。

とりあえず、ご報告のみですが、この部活動に興味のある方は、こちらをご覧ください

すみませんが、私は詳しいことは知りません。が、興味が湧きました。


最初に書くことではありませんが、もし、退部の場合は、またお知らせします。




全然関係ない歌ですけど。

で、9/8退部しました。

#132 Jリーグを、4年後のための実験場に
JUGEMテーマ:日本代表


さて仕事といいながら、まだサッカーのこと考えてました。しかし、かなりマーケティングに関わることですけど。

Jリーグはどういう存在になれば一番面白いか。という問題は、タイトルのようなことが答えではないかと。

せっかくワールドカップで日本代表をかなり楽しめる段階にまで来たんですから。

全部、そこへ収束させるべきだと思います。

できていないこと、やってもいないこと、たくさんありますよね。4年間、いろんな実験できますよ。極東で密かに。


どう?




#130 防御は攻撃より強力な戦闘方式である by クラウゼヴィッツ
JUGEMテーマ:日本代表

 

クラウゼヴィッツの「戦争論」からです。



(この話が出てくるのは中巻ですけど)



これ、もう少し丁寧に一語加えて、

「自発的防御は攻撃より強力な戦闘方式である」

とした方が正確に伝わりやすいかも知れません。


論の概要を知りたい人は、「クラウゼヴィッツ学会」の説明がわかりやすいでしょうか。



守備システムの安定が、チームに何を付与しているかについて、考える材料のひとつになるかなと思って、紹介しました。

あと、願わくば、ビジネス書好きの岡田監督が、多くのビジネスマンに愛読されているこの本を知って、デンマーク戦の出だしのような誤ったディレクションを繰返さないでほしいな、という願いもこめて(ここで書いても伝わるわけない?)。