楽しいことを思いつく時を待ちながら、自由なテーマでこのブログを続けていたのですが、大震災直後、諦めたくない素人たち数万人が日々アクセスする原発関連情報の発信・交換の場となり、すぐに行うべき緊急のものから遠い将来を見据えたものまで多くの企画提案?を全力稼動でしてきました(ご興味のある方は、#211(3月13日)の「ごあいさつ」から、コメント欄も含めご覧ください)。しかし、6月10日あたりで、更新を停止しました。とりあえず東日本壊滅を防ぐ大きな力にはなったと思います(関わっていた人たち以外は、信じないでしょうけど・・・)。
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#177 明日から用の企画
JUGEMテーマ:人生論
 


#119で書いたことがずっと課題として残っていました。私の中には。


ベストな「作業場」について、ずっと考えていました。

「作業」自体に発見と楽しさと息抜き効果と治療?効果があり、できあがったものがまたそれを購入する人たちにも発見と楽しさと息抜き効果と治療?効果をもたらし、さらにすごく儲かる。作業場の人たちの生活を豊かにして、さらに次の出資もできるくらいに。というような「作業場」についてです。

場所の候補のひとつは、ここです。しかし、まあ、どこでもいいです。具体的な場所を想定していた方が具体的にイメージできるので、とりあえずそこにしています。

そこではミツバチの話書いていますが、それは自然相手の「作業」候補のひとつですが、製造「作業」でできあがるモノのプロトタイプを、今、自分で作っています。

大人にも子どもにも同じくらい難しい運動神経が必要な玩具です。また、かたちに自由度があり、つくる人のイメージに沿って、世界でひとつのモノができあがります。つまりアート作品でもあるわけです。


まあ、こんなものを親たちにつくらせてしまう保育園に娘が3年通っていると、いろんな技術を自然に覚え、いろんな構想も溜まってくるわけです。


おそらくこの企画は、「作業療法」の世界に近づいているのではないかと思うのですが、私にはそれについての知識も経験もないので、よくわかりません。

ということで、できれば来年4月から「作業療法士」の勉強をしたいと思っています。

4年間は長すぎるような気もするのですが、その間に、もっと知識を得た上でのプロトタイプを10種くらい作れればいいでしょうか。あと、仕事もして生活費稼がないといけないわけですが・・・。

まあ、この構想を自分だけで考える必要は全く無いわけですが、まず企画者が本気になっていないと、誰も信用してくれないので、信用を得るまでは、自分でやってみます。

(ほんとは興味を持ってくれる人がたくさん居ることは知っていますけど・・・)


あと、その「作業場」でつくられるものについては、全世界に向けて販売できればと思っています。ebayが日本再進出に本気で取り組んでいることもありますし。



#175 多国籍多角化経営個人事業とか
JUGEMテーマ:ビジネス


#174で、ギシギシに考えた反動です。以前にも同じようなこと書いたような気がしなくもないですが。

「人生を、こう考えていけばいいんじゃないかな」というような内容の本は、『黒いTシャツと青い人生相談』以外のほとんどの本が、著者の置かれた条件でしか可能でなかったことを多くの人に可能なことのように書いたものだと思うのですが(読んだことないので偏見です)、

個人個人の条件の千差万別さを考えたときには、Chipが「青い人生相談#5 職無し、将来設計無し、向上心無し、俺の人生に価値無し。」で書いているように、

「他人のために何かをしてみるのだ。」しか言えることはないのではないかと思います。


資本主義社会では、ある程度は、他人のために何かをした報酬として金を得るしくみになっています。ある程度が、どの程度かは、はっきりわかりませんが、「生活」をするために行動をするとしたら、「他人のために自分ができる何かをする」こと以外にはないのではないかと思います。

もちろん、それで「生活」が成り立たない場合も多々あると思います。そしたら、助けを呼べばいいのではないでしょうか。「他人のために何かをしている」人に見つけてもらえるように。


その連関がフレキシブルに生まれる状態が、マシな世界ではないかと思います。で、そういう状態を一番消滅させている国が日本なんでしょうか? あ、私も。


タイトルと本文が、関係ない?



#174 自営業者のストラテジー
JUGEMテーマ:ビジネス


きょうは、ちょっと趣を変えて(変わってないです?)、仕事に関する状況について、整理していきますね。現実というか、個人的事情(Personal Truth?)から組み立てないと先に進めないような気がしてきたので。
 

えー私は、最近主には映像の絡むWEBサイトを企画・制作統括している自営業者です。

しかし、今のクライアント企業には、私はA社の企画制作部門の社員に見えているはずです。クライアントにはA社の名刺を渡しているので。専属契約などを結んでいるわけではないのですが。

請ける仕事は、ほとんど企画からで、まずは企画書をほぼひとりでつくります(他のスタッフに技術的な相談はします)。それをスタート点にして制作に入るわけですが、個別スタッフやプロダクションに声をかけて制作チームをつくるのも、制作実行予算を組むのも、すべてのお金の交渉をするのも私の仕事です。

A社の必要性に疑問をもたれるかも知れませんが、現在のクライアントは元々A社が他の分野の仕事を請けていて、そのつながりから私が入っていって、現在のWEBを中心とした仕事を受注するようになった経緯があります。また、クライアントには、自営業者には直接仕事を出してない大企業がいくつか含まれています(今気づいたのですが、社内規定を確かめたことはありません)。

しかし、このかたちで仕事を進め、クライアント担当者が交代していく中で、だんだんとA社の社員とのつながりを持たないクライアント担当者も増えてきています。A社については社員でない私だけしか知らないクライアントも多くあるわけです。

A社と私との間のお金の動きですが、大まかには受注額から決められた%をA社に残すかたちで進んでいます。容易に予想されるように、この「%」が適切かどうかは、いつも議論が尽きませんし、プロジェクトについてのA社の社員の関わりが薄くなれば薄くなるほど、「%」が大きすぎるのではないかと思うようになってしまいます。
 

ここ数年、A社関連の仕事で非常に忙しく、その間に自分の仕事の中でA社関連の仕事がかなりの割合を占める状態になりましたが、最近、A社関連の仕事量が明らかに減っています。

原因は、クライアント企業の広告関連予算が急激に減っているという環境的なことと、クライアント数や仕事の分野を拡大するなど、受注ルートを増やしていないというA社の事情です。
 

これについての自分の対策は大きく分けてふたつでしょうか。A社の仕事が増えるように自分も働きかけるか、A社以外の仕事を増やすか。これは、特に相反するふたつではないので、両方考えればいいわけですが、どちらに力を入れるべきかを普通に考えると、後者になります。

A社関連のクライアントは複数であるものの、私がA社1社にかなり依存する体制のリスクも考えなくてはいけませんし。それから、A社の流れを変えるには、少なからずA社の方針の変更が必要になりますが、自分の会社ではないので強くコミットすることはできません。
 

A社以外の仕事を増やす方向ですが、A社と同じような関わり方をしてくれる会社を見つけるというのがひとつあります。A社にとってメリットがある仕事形態ですから、同じようにメリットを感じる他社があるはずです。

メリットのひとつは、WEBや映像やグラフィックに関する企画制作部門を持たなくても、その仕事を受注できることです。たとえば、業務システムを請け負っている会社がクライアントからWEBの仕事も受注するとか、その後いろんなメディアの広告受注にもつなげていく、その流れの中でクライアントとの関係を強固なものにするというようなことが可能です。「あの●●●という企業の仕事をレギュラーでしているとか、●●●受賞歴もあるチームで制作します」みたいなこともセールストークに含まれるでしょうか。

そして、そのための初期投資も固定費もほとんど不要です。
 

というようなことに気づいたB社が、最近、声をかけてくれました。まだ実際の仕事には入っていませんが、B社に気づいてもらったということは、他の会社にも気づいてもらえるということでしょうか。気づいてもらえる努力を、しようと思いますが、さて、どう伝えればわかりやすいでしょうか。ここは、きちんと考えないといけないですね。

それと、競合クライアントの情報が自分に入ってこないように、仕事の組み合わせに気をつけないといけません。
 

A社やB社との関わり方と違う方向となると、クライアントとダイレクトということですが、これ考えるのは、ちょっと後回しにしますね。
 

ここで、もうひとつ別の軸があることに気づきました。私個人で請ける仕事なのか、私から広がるネットワークで請ける仕事なのか。個人としての仕事としては、企画のみとか、翻訳とか、簡単な撮影とか、4コマ漫画とか、打ち込みのみの音楽制作などがあります。そういえば、ほとんどひとりでTVCMをつくったこともあります。

しかしクライアントにとって需要なのは、ひとりか大スタッフかという選択ではないですよね。ひとりでも大スタッフでも対応できる流動性、連続性があることですよね。ほとんどのメディアについて、ほとんどの規模の仕事について、状況に合わせて、適切な規模、適切なメディアの企画を立て、制作し、また途中での軌道修正もやりやすいということです。
 

で、さっき後回しにしたことですが、A社やB社と組む場合に比べて、クライアントとダイレクトというのが、今ひとつパワーが落ちるような気がしたんですね。

理想的なA社、B社は、自分の専門分野でなくて他の分野に強い会社です。A社、B社から見ても、私が同じ業種の人間だったら私や私といっしょにやっているスタッフと組む必要がないですよね。A社、B社に無いものを加えるから意味があるし、逆に、そのことで私ももっと広い分野に対応している組織のメンバーに見えてきます。

ということで考えると、クライアントの中でA社の社員が消えたというのは、私と違う分野が見えなくなったということで 、クライアントにとってのA社(=私)の印象が、単なる普通のWEBプロダクションみたいなことになっているということでもあるわけです。これはA社の魅力を減じるものでもあるので、ここが案外、仕事減少の大きな原因かも知れません。

B社での展開のときにも、ここは気をつけなくてはなりません。
 

隣接というかシナジー効果を生める業種のC社、D社、E社・・・・との組み合わせであり続けるということですね。
 

会社でなく人と組むというのもあるのだと思いますが、そこでの適切なかたちについては、また後日検討しようと思います。ちょっと課題が多そうに感じるからです。
 

また、自分の中に異業種を抱えてシナジー効果を生むという方法もあるかと思います。私は、ほとんどのメディアを経験していますが、自分でも少し普通のことのように思えてきているのは、今は一般の人でもコンピュータを使ってマルチメディア表現していたりするからでしょうか。自分が自分のことを楽しめる意味でも、異業種にも挑みたいと思っています。
 

ところで、ずっとひっかかっているのが、他人の目からもはっきりわかるような競合優位性が自分にあるのか、ということです。冷静に考えて、他人から見ると、単に大勢いる中の一人です。

しかし、現実の自分の仕事というのは、(おそらく他の人の仕事も同じだと思いますが)ほとんど知っている人あるいはその人の紹介で入ってくるわけで、「競合優位性」はほとんど問われる場面はないですよね。どちらが優れているかという判断は、現実的には非常に難しいということもありますし。ですから、「競合優位性」を気にするぐらいなら、知り合いを増やせ、というようなことになります。

でも、知り合いは普通、私の同業者を何人か知っているわけで、知り合いが多ければ私に仕事が安定して入るということでもありません。
 

というようなことから考えると、前に書いた「異業種」は、今の明らかに不安定な仕事と組み合わせるわけですから、割と安定的に仕事が入る業種に越したことはありません。その上で大きなシナジー効果が想定できればベストです。
 

そのような理由で「異業種」を既に絞っていますが、それについてはまた後日。普通の基準からすると、突拍子もない選択かも知れませんけど。

 

#161 変? だったら、そこに未来が。
JUGEMテーマ:人生論
 

日本のアウトサイダーアートも少しずつ流通するようになってきましたが、そういう作品を扱った本を読んだりすると、「アウトサイダーアートなどは、経済の関わらない聖域に置いておきたい」みたいな発言が出ていたりします。

こういう発言は、まあ、「差別」だと私は思います。それもかなり根源的な。アウトサイダーアーティストと呼ばれるアーティストがいい絵を描いても、高く売ってはいけないというのは、どういうことでしょうか。

大きく儲けるアートは、その特異性によってです。評価されるアウトサイダーアートも、多くの人に刺激を与える特異性によって評価されているわけです。先の発言は、同じ市場にある商品を、「作者の種類によっては、隔離しておきたい。競争機会を奪っておきたい」ということです。


「特異性」について少し話を広げますが、アート以外の分野でも、経済的な成功の多くは、本流から幾分か外れた発想(企画)から始まっているのではないでしょうか。「特異性」あるいは「特異性」に触れられる環境は、とても大きな財産です(似たこと#151にも書きました?)。

多少、ユートピア的な甘さで書いてますが(変だったら何でもいいわけではないですからね)、不況とは、あるいは閉塞感とは、「特異性」がうまく経済の拡大(金儲け)につながっていない状況ではないでしょうか。


で、そういうことを事業にするのはどうだろうと思っています。「事業なんてぜんぜんつまらん」と書いた#157から、やっと裏返ることができました。


#157 「事業」なんてぜんぜんつまらん?
JUGEMテーマ:人生論
 

#151から、「ちゃんと事業始めます」ということでいろいろ考えてますが、調べれば調べるほど、どうでもいい感じがしてくるのは、調べ方を間違っているんでしょうか。

面白そうなのは「事業」ではないですね。明らかに。

事業の体裁を整えなくてはいけない場合はあるかも知れませんが、事業の体裁を整える手間がもったいない場合も多いと思います。お金の計算とかも含めて。

もちろん、生きていけないといけないとは思うんですが・・・。それは、私のような個人事業主の場合、「事業」が成り立つということに大きく影響されると思うのですが、「事業」について考えても、それは「事業が成り立つ」ことにはつながらないというか、「事業」について考えると「事業以前のところまでしか届かない」という感じがしてきてます。

「面白いことについては、事業として体裁を整えられる可能性はあっても、『事業』から考え始めて事業成立までに至ることはなさそうだ」ということです。

何を「面白い」とするかの定義は、今はやめときますけど。


やっぱり調べ方を間違えている?

あと、暑さにやられているという可能性もあります。



#156 ブログタイトル変更しました
JUGEMテーマ:人生論
 


ブログタイトルを、「マーケティングの現実と希望についてのMEMO」から、「企画の現実と希望についてのMEMO」に変更しました。

自分のやっていることに、「マーケティング」も含まれますが、「マーケティング」の意味が一般的にはどんどん狭くなっていて、その限定的な世界は、まあ、ほとんど面白さのない世界ですし。

あと、「企画」が不要で「制作」だけ(厳密な区分けはできませんが)の仕事は、自分には回ってこないよなあ、とぼんやり考えた結果です。

少し積極的に書きますと、「企画」から関わる仕事は、ほとんどの場合、「思い出深い?制作や実行」にまで届かせることができると思います。

こうやって、最近、「事業」の宣伝文句などを考えています。


半分、こんな感じ ↓ の気分で。

#155 きちんと事業を始めます(その4)結局、関わったみんなの良い思い出になる仕事を、ということ
JUGEMテーマ:人生論
 

ずっと考えているこの事業開始ネタですが、結局、それ以上のことは、あまり思いつかないわけです。

そのためには、意義(おそらく「正義」に近いもの)を感じられる仕事でなくてはならないし、皆の新しい技量を超えた挑戦的な仕事でなくてはならないし、予想以上の結果にならなくてはならないし、ということですが、その流れをつくるために企画を一生懸命考えるわけです。

また、意義と挑戦と予想以上を楽しめるスタッフが必要となるわけですが、それに私は、だいたいいつも恵まれています。クライアントの人たちも含めて。

ということは、それを、さらにどんどん進めていける「仕組み」をつくればいいだけかも知れません。

たいてい阻害要因は、ある種の「人」です。意義があることや、周りの人間が楽しそうだったり成長したりすることが我慢できない人たち。彼らを説得するのは無理ですから、そういう人たちは避けて、そうでない人たちと多く出会えるような「仕組み」が必要ということでしょうか。


その「仕組み」はどうも「会社」みたいなものがベースではないような気がしてなりません。ベースとなる「会社」を設定する「不自由さ」が、非常に無駄に、そして狙っているものを疎外するような感じがしています。自分がやっている仕事の場合。


「会社」でないことは「企業」から相手にされないこと、と普通には考えられているわけですが、だったら必要な要素を持った「会社」と、そのときどきで組めばいいのではないかと。「会社」でないことがデメリットでなくなるまでは。

少なくとも、すばらしい「会社」というのが、自分で全くイメージできない間は。

まあ元々、大企業の信用力?が必要な巨大プロジェクトを狙っているわけでもありませんし。


でも、仕事と、仕事に関わる人が増えることは狙います。今回の事業計画の場合。


とりあえず、creativehub.jpというドメインを取得してみました。まあ、なんとなく。


#154 きちんと事業を始めます(その3)人間集約型産業ってどう?



資本集約型と労働集約型と知識集約型みたいな産業の分類がありますが、終わりのふたつの違いが良く分かりませんので、「人間集約型」としてまとめてみようと思います。

セルフよりも、従業員がいっぱいいるガソリンスタンドが好きなのも、店員がいなくて1時間待つとやっと注文と違う品が出てくるファミレスよりも、挨拶が大好きな店員が常にうろうろしている居酒屋の方が好きなものも、パソコン上で組みあがる写真アニメよりも、撮影隊で苦心しながら撮る映像が好きなのも、「人間集約型」への志向と考えます。

#152で書いた構造を裏返すためには、「人間集約型」産業を隆盛させる必要があります。おそらく。

ワタミの社長などは、そのようなことを考えているような気がしないでもありません。そういうことを語っているのは聞いたことがありませんが(今まであまり興味がなかったので聞き逃しているだけかも知れませんが)、選択している事業が完全にその傾向を示しています。

ということは、「人間集約型」産業でも利益が出る構造があるということですよね。おそらく。ワタミの本を読めばヒントがあるでしょうか。会社のホームページ見ると、いらないことばかり書いてありますが・・・。Amazonのワタミ本リスト見ると精神論ばかりですが・・・。うーん、数字が見れればいいんだけど・・・。ちょっと本屋で調べることにしますが、おそらく単に、「人間集約型」産業が容易に成り立つぐらい賃金が下がっているということではないかと・・・。でも、賃金を上げていく要因が内包されていないと意味が無いわけです。・・・まずは本屋に行くしかないですね。

あるいは、誰か教えてくれるかな?



#152 きちんと事業を始めます(その2)人の余剰について
JUGEMテーマ:人生論
 

#151から、事業計画を考え始めているのですが、今の経済(だけではないですけど)の流れの悪さがヒシヒシと伝わってくる日々を過ごしていると、ちょっと焦ります。

クラウド?・・・便利なことも多いけれど、大抵の人の懐に金は入ってきません。ツイッター?・・・やれば無駄に忙しくなるだけです。新しい技術のほとんどは、基本的に多くの人にとっては貧乏の種です。そういう計算が成り立つものしか、この世界のシステムの流れには乗れないと思います。


「強欲な資本主義が間違った」みたいなことを経済学者たちが言っていますが、基本的には産業革命から始まったものが、情報(工業)化社会という仕上げに向かって、ますます人間の経済的価値が低くなってきたという話ではないでしょうか。欲深いとか、資本主義か社会主義かとかいう小さい話ではなく、生産効率、特に最近はオフィス内作業の効率が上がって、ホワイトカラー(の労働力)もどんどん余っているというシンプルかつ別の選択があるとは思えないような話だと思います。

たとえば、自分の生産力で考えた場合、私は、ちょうどIT化の始まりの頃仕事を始めましたが、その頃、2週間かかっていた仕事が今は、1日で終わったりします。で、1日分の仕事として請求。で、60歳くらいの同業者は、急いで1週間で仕上げようとして、明らかに却下されるだろう見映えの悪いものになったり・・・。情報を切ったり貼ったりする仕事の効率に関して、ちょっとした生まれるタイミングの差が非常に大きな差を生むような滅茶苦茶な変化が起こったわけです。内容的にはくだらない変化なのですが。


政府は無策です(明らかに難題ですし)。誰かが策を持っているわけでもありません。そして、何よりもまずいのは、流れに逆らってあがくための余力(人と金)が、世間にあまり残ってなさそうなことです。全く余裕のない世帯と、少しの余裕を汲々と守っている世帯だけになってきてしまいました。

日本の家計の収支平均が赤字続きであったことがずっと無視されてきましたが、人が余剰になってきて、労働の価値がどんどん下がり続けたら、必然的に、どんどん多くの人が貧乏になっていきます。よく水がだんだん熱湯になることに気づかず逃げ遅れるカエルの話が、最近、いろんなたとえに使われますが、家計のたとえとして一番適切ではないでしょうか。


ほとんど予算ゼロの施策から劇的な結果が生まれるみたいな大化けに期待するしか、起死回生は難しいのではないでしょうか。でもまあ、それは、自分が何かやる場合の条件と同じなので、自分が悲観的になる理由ではありませんけど。


しかし、人間の余剰がどんどん大きくなる状況を、まだ変えるチャンスがあるんでしょうか。